ヤシマノート

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退屈を紛らわす行為が創造性を下げる【DMN】

毎日40分以上歩くようにしているのは、ちょっとした運動のためだが、最近はブログネタなどのアイデアを考える時間として使いがちである。こうして歩きながら、特にテーマも持たずに考え事をしていると、退屈な気分に襲われることがある。

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退屈な気分に襲われる場合は決まってイヤホンから何かを聞いているわけでもなく、外部情報は取り入れようとしていない。

何かを考えるはずが、退屈な気分が数分続くと、これを紛らわせたいと思うようになる。そうして、退屈な状態は何かを思いつくのには適していないのでは、と勝手な決めつけをして、ポッドキャストを耳に入れだしてしまう。

んーどうも変な感じだ、退屈という現象はいったい何なのだと思って調べたりした。

 

 

この辺の情報から察するに、退屈というのは悪ではないとわかった。

ただ歩いている、散歩状態の脳は、デフォルトモードネットワークといわれる、ぼーっとして脳内の関連情報を紐づける白昼夢状態になる。

あと、ぼーっと何もしないのは、睡眠では得られない精神的な休息ができるらしい。ぷーさんみたいに、何もしないをしていることで、なにか変わったことができるようになるのだろう。

退屈というのは脳に負荷を与えている不快感のことを指すのかも。何もしないでいる時の脳は集中している時の脳と比べて95%も働いている。この退屈から逃れるために人はコンテンツを流し込もうとする。

 

なにかアイデアだしするときに、これについて考えようと集中すると、本来拡散思考すべきタイミングで集中思考に陥ってしまう。この点は意識しないと、陥る罠なので注意したい。